憲法違反では? 宿題代行 批判よそ、夏休み最後に依頼殺到

先日、卒業論文の代行が問題となっていましたが、今度はさらに酷い話です。小学生の夏休みの宿題にまで代行が蔓延るようになってしまったようです。

宿題代行 批判よそ、夏休み最後に依頼殺到 算数1問500円 感想文2万円…(産経新聞) – goo ニュース

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夏休みの宿題の意義

「読書感想文」から「自由研究」まで、子供たちの夏休みの宿題を片づける「宿題代行業者」が登場し、論議を呼んでいる。メールなどで依頼を受け、アルバイトの学生らが有料で請け負う。批判の声をよそに、多くの小中学校で夏休み最後となる今週末は“駆け込み依頼”が殺到しているという。

何のための宿題なのでしょうか?

依頼するのは主に親たちで、「子供の宿題が期限に間に合わないから」と切羽詰まった理由が多いが、中には小学生本人が依頼することもあるという。メールやFAXで受けた依頼を登録学生に発注。高額バイトとして一部の学生に人気があり、中には月20万円以上稼ぐ学生もいるという。

やっぱり、親が悪いのですね。宿題は仕事の「ノルマ」とは違うのですが、そういう感覚なのでしょうか? 宿題は本人がするから意味があるのであって、他人にやってもらっては意味が無いのです。夏休み明けに先生に叱られるのは、本人の責任です。代行を頼んで、そういったものから逃れようとするのは間違っています。責任を取ることもできなくなってしまいます。

しかし、親も親ですが、中には小学生自身からの依頼もあるのですか? 「親の顔を見てみたい」と言うのは、正にこういう場合に使うべき慣用句なのでしょうか? 。

代行に依頼すべきこと、すべきでないこと

こうした状況に文部科学省は「家庭学習の習慣を身につけるのが宿題の本来の狙い。その趣旨からも、宿題を丸投げするのはおかしい」。大阪府教委も「宿題をお金で解決するという保護者の考えが気になる。それをビジネスにしてしまう業者もどうか。子供の成長を一番に考えればゆゆしき事態だ」と批判する

三重大学の奥村晴彦教授(情報教育)は「宿題や課題は結果より努力した跡が大切。お金で買ったものでは意味がない。『何でも金で解決できる』という考え方を子供の心に植え付けるのは良くない」と話している。

「お金で解決」云々は、至極当然のことでありますのですが、「必要ならお金を払って他人に任せる」ことも重要です。引越しや、飲酒後の自動車の運転代行など、お金を払って他人に頼むべき状況というものが確かにあります。

しかし、自分が行うべきことは代行を頼んではならないのです。自分の仕事を代行に頼んだら、仕事が片付くのでしょうか? 一見仕事が片付くようにも見えますが、自分の仕事(役割)を自分で処理できない人は、社会から必要とされないのです。全ての人が社会から必要とされており、それぞれの役割を担うことで、その報酬を受け取っているのです。他人のために何もしない人は、報酬を受けとる資格はありません。「働かざる者食うべからず」です。

小学生の本分

小学生の本分とは何でしょうか? 学び成長していくことではないでしょうか? 「宿題」は、学校の授業で授かった知識を自分のものにするために必要なものです。自分の本分まで代行に頼むとは、生きている価値を自ら放棄しているのと同然なのではないでしょうか?

「丸投げ」でなく、「サポート」を

代行業者は「読書感想文などは、あくまで参考用に渡しており、そのまま提出することは禁止している」というが、実際は目が届かないのが現状だ。

メールでやりとりしている時点で、コントロールが利かなくなるのは当然だと思いますが。

私は、「代行」ではなく、「相談」や「アドバイス」なら意味があると思います。熟等では、本人に学力を付けさせるために、解法を伝授したり、考え方のアドバイスをしたりする訳です。夏休みの宿題にもそういったサポートはあっても良いとは思います。それこそ、読書感想文も、書き方が分からない筈です。「書いたものを渡す」のではなく、「書き方」をアドバイスするのは有りだと思います。工作や自由研究も同様です。やり方が分からない、きっかけが無いから、ズルズルと先延ばしにしてしまい、夏休みの最後に慌てて代行に依頼することになってしまうのです。

こういった「アドバイス」「相談」「指導」となると、「代行」ではなく、「家庭教師」の範疇に入ってくるのでは、と思います。

しかし、私が思うのは、「小学生」の宿題の指導を親御さんたちが出来ないというのは明らかに変だということです。所詮小学生の宿題です。内容が特別難しい訳ではありません。親御さんが教えられない筈がない。これは極論ですが、親は子供の教育など出来ず、全て学校や熟へ丸投げなのではないでしょうか? それとも、親御さん達は、小学生以下の脳味噌なのでしょうか? 仕事で忙しい云々は下らない言い訳です(必要なら家庭教師を雇うことも必要かもしれませんが…)。こんな親に育てられている子供は不幸です。

憲法違反では?

ところで、日本国憲法に以下のような条文があります。

第二十六条【教育を受ける権利、教育の義務、義務教育の無償】

  1. すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
  2. すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

私は法律の専門家では無いので憶測の域を出ないのですが、夏休みの宿題の代行というのは、憲法違反なのではないでしょうか?

すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。

これです。「夏休みの宿題」も、「義務教育」の一環でしょう。それを代行に頼むということは、「義務教育を受けさせない」ということなのではないでしょうか? 「夏休みの宿題の趣旨」云々の問題ではないと思うのですが…

「普通教育を受けさせる義務」というのは、「子女」の意思に依らないのではとも思います。普通、子供は勉強を嫌がります。そういった子供にも教育を受けさせなければなりません(勿論個々の能力の範囲で)。子供が嫌がろうが何だろうが、義務教育を受けさけなければなりません。子供が「宿題ができない(間に合わない)」「やりたくない」といった理由で、「代行」に依頼するのは以ての外ということになります。

最近、「美しい国
」云々の話があり、教育基本法が改正されました。が、こういう状況では…。もっと基本的なことに目を向けるべきでしょう。

教育の機会、権利の放棄

一方で、自ら「代行」を依頼する小学生は、自らの教育の機会、権利を放棄していると言えます。学習の機会の放棄については、「 Googleも怒っています: 1文字5円、卒論に代行業者」でも説明しています。

これがどれだけ愚かな行為なのか、小学生自身には知る由もないのかも知れません。が、間違いなく、数年後、数十年後にそのツケを払わされることになるでしょう。

ちょっと趣旨は違いますが、「少年老いやすく、学成り難し」とも言います。気がつくと、勉強する機会を失うかも知れません。

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